佐村河内守ゴーストライター事件で思うこと:2014年4月 マンスリーレポートに変えて
恥ずかしながらつい最近知ったのだが、「交響曲第1番 HIROSHIMA」を代表とする佐村河内守が創作したという曲は、嘘だったようですね。とても残念です。
実際に作曲された方(ゴーストライター)は、この曲をつくる才能がある人であるのは間違いない。かなり素晴らしい音楽家であるようだが、大きく表舞台に出てきているような方ではないようだ。とすると、そもそもの音楽の素晴らしさが評価されたのではなく、やはり『悲劇の音楽家』として『作り上げられた像』が我々を感動に導いたのだろう。
メディアの力の大きさは取りも直さず、こうして「つくり上げる」ことができる何かしらのストーリーを付加すれば、人はそれに自分自身の背景を重ね、共感を求め、そしてどこか救いを求めるものなのでしょう。
私は彼のNHKの特集番組を見た時、嗚咽とともに涙を流していた。そしてしばらくその虚像に影響を受けた。「交響曲第1番 HIROSHIMA」は何度も聴いて研究もした(ただし実は、楽曲として”新しい”とか”すごく素晴らしい”という分析はできなかった)。いくらなんでも全聾でここまでのハーモニーバランスを作るのは無理だろうと思い、少なからず(オーケストラでの演奏時には微修正するなど)周りの人が手を貸しているだろうことは想像できた。それくらいは仕方がないとも思っていた。ところが、蓋を開けてみれば…そういうことでしたか…と。
私はこの事件に関して、ゴーストライターの非に言及することもしないし、この事件に関して詳しく知ろうとも思わない。もしかしたら「ゴーストライター」という事自体が嘘のでっち上げであってもおかしくないなとも思う。
ただ、この事件の背景にある、「虚像で作り上げられた世界が確実に存在しうるということ」、そして「人間は盲目に自分が信じたいことを信じようとすること」という人間の脆さに、自分自身少々幻滅してしまったのは事実である。
逆に、「最高のフィクション・ファンタジーを提供してくれてありがとう」という気持ちも無いわけではない。
なお、以前書いた記事はそのまま残しておくことにした。自分への戒めでもある。